2006年 11月 15日 ( 2 )
無味乾燥、殺伐たる_いじめ・自殺報道
取り上げる気もなかったが、連日の報道があまりにも目に余る。
そして半年、いや3ヵ月後か1ヵ月後には、世の中からいじめや自殺が
無くなったかのように、この手の報道は無くなると思われる。
なので、今のうちに書いておこう。

昨今、連日のようにいじめ・自殺報道がされているが、
昨日今日に始まったことではないことは、誰の目にも明らかだ。
半年、一年前に他のニュースの影で、報道されなかったいじめや自殺はきっとある、
と考えるのが自然だ。

今、いじめ・自殺報道は「流行っている」のだ。
敢えて「流行っている」と表現したのは、大きく2つの理由がある。

TVニュースや新聞は、時間や紙面の制約がある。
同時に視聴率や販売部数というノルマがある。
それを維持・達成する為に「流行り」に乗ることになる。

取材するのも、編集するのも人間である以上、そこに主観が入るのも避けられない。
それは避けられない現実であり、それを否定するつもりもない。
受け手側が、そういう前提でニュースに接して、
自分の価値基準や感性で情報を判断するしかない。

もうひとつは、もっとヤバイことだが、マスコミの報道が文字通り、
いじめ・自殺を「流行らせている」危険性がある。
「死にたい」「でも頑張ろう」とギリギリの線上にいる小中学生の背中を押すような
ことになっていないか、大いに危惧されるところではないか。

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報道姿勢も気になる。
自殺した周囲の方々の悲しみへの同情、
事前にいじめを発見・阻止出来なかった教育者への批判的視線。

いじめや自殺が世の中から根絶されるとは思わないが、
少しでも減らそうとするなら、自殺した本人、いや正確に言えば、
何故自殺に至ってしまったか、にもっと視点を向けるべきだろう。

自殺した本人が悪いと言っているのではない。
いじめが始まった、何らかのトリガーがあった筈だ。
いや、今の時代のいじめはゲームの延長線上にあって、
何のトリガーもなく、いじめの対象にされるケースもあるのかもしれない。

そうなったら、「自分の身は、自分で守るしかない」のである。
もしくは親が守るしかない。
情緒的な考えや、教育者等の第3者に責任を求めている間は、
自殺は減るどころか、増えるかもしれない。

大人の世界にも、○○ハラスメント等、言葉を変えたいじめがあり、
年間3万人が自殺するのだから、これは自然の摂理のうちの一部かもしれない。

                   ・

ここからは、半分冗談、半分本気。

マスコミは「流行らせた」責任を取って、各社大体的に建設的な報道をして欲しい。
TV局なら、ゴールデンタイムに最低でも2時間以上の枠で、
自殺せずに立ち直った事例のドキュメントや、いじめを撲滅した学校等を取り上げる。

さもなければ、各社一斉に、いじめ・自殺報道を自粛することだ。
まー、ありえねーだろーなぁ。

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結局、情緒的な側面や責任転嫁が好きな国民性があって、
今のマスコミの報道がある、って構図なんだろうか。。。
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by m_warekatte | 2006-11-15 21:07 | 報道に思う
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by m_warekatte | 2006-11-15 06:17 | 道南百景